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流動とは?/ ディック

[ 491] アブノーマライゼーションへの道(by こうもり)/ウェブリブログ
[引用サイト]  http://uramonken.at.webry.info/

2008年4月6日より、弊ブログはテーマを絞り込みリニューアル(脱線あるいは転落とも言う)していくことになりました。今までは障害何でも雑学コーナーと化していましたが、これからは自分のテーマに専念していくことにします。また、これまでは時々扱っていた支援に対する提言も今後は一切行いません。今後扱うことになりそうなテーマおよびキーワードは以下の通り
フランス革命政府がひとたび権力を握ると、それまでキリスト教などが担っていた教育に関する権限を一気に政府が掌握しようとした。キリスト教に代わる新しい時代の規範(社会,精神諸科学。今で言う公民分野)を国民教育で教えようとしたのもその一貫であるし、前回話題になった共和暦の採用もその一環であろう。現在のように政府がラジオ,テレビ,インターネットなどを通じてプロパガンダ(宣伝戦略)を展開することができる時代ならばそんなことをする必要はなかったかもしれない。しかし、それがなかった時代には「神の祝日」に代わっ...
国民教育論が公教育論から細胞分裂するように派生して誕生してきたことが明らかになった。両者とも全ての人に教育の権利を与えるとともに、教育の管轄下に置こうとしている点では共通している。両者の異なる点は
公教育の理念と方向性はフランス革命期、コンドルセによっていちおうの完成を見た。その後の民主主義を標榜する社会では障害児に対する教育についてのものを含めて様々な理念が提示されてきたが、基本的にはコンドルセ案に沿った理念と言っても過言ではないだろう。それは、公教育が民主主義を標榜する社会の教育と一見矛盾しないものに変貌していく過程でもあった。その過程で公教育こそ新しい社会にはそぐわないとするルソーの観点は忘れられていくことになる。
(このブログを読んでいる数少ない読者の皆様へ。本日は内容が長くなってしまったため、内容を2つに分けて投稿しています。このコメントはそのうちの後半部分にあたります。SNSからブログにジャンプして読んでいる場合、同じ日にニ連続投稿すると、後半部分しかSNSには記録されない可能性があります。前半部分から読まないと内容がつながってこないので、必ず前半部分からお読みになるようにお願いいたします。)
1791年のコンドルセ案以降、それまでどちらかと言えば国家主義的な教育とみなされていた公教育は民主主義的な意味づけと装いをして再び教育論の世界に復活した。しかし、それが公権力によって実現するものである以上、教育に政治的介入をもたらすことは避けられないように思える。そこで、コンドルセは政治,宗教からの教育の独立を主張したのだが、具体的にはどのように実現しようとしたのだろうか?ここから話を再開しよう。
こうもり@悪戦苦闘の末、やっとネットの引越しが完了したぜです。で、引っ越したのを期にブログの方針を修正しました。(最近、本文が進まずにこればかりやっておるな)おおまかな変更点はトップページの紹介文にある通りなので、ここでは補足だけをしておきませう。
地域社会,家族を子どもの堕落,頽廃から「守る」ために25歳まで農村で教師によって教育をさせること。これがルソーの私教育論であった。現在の公教育も子どもを学校という施設に集団隔離し、そこで学校で決められたカリキュラムに沿って教育することを主張する。しかし、同時に家庭教育,地域の力を重視し、それらと連携しながら教育を推進していこうとする意味では、
(しばらく、職場環境の激変・自助グループ関連のトラブル処理などがあり、第2空間のコメントを書ける状態にありませんでした。とりあえず、ペースはかなり落とすものの再開します。)
なんか仕事移行期で頭がぐるぐるしてしまい、話がなかなか進まずすみませぬ。それはさておき、自閉症を治療したいという人には吉報、自閉とともに生きたいと願う当事者にとっては凶報です(わたしにとっては凶報だった)。以下の時事通信社の記事をごらんください。

 

[ 492] 「流動性知能」を向上させるソフトウェア | WIRED VISION
[引用サイト]  http://wiredvision.jp/news/200805/2008050723.html

脳専門の研究者らが、「流動性知能」と呼ばれる一般的な問題解決能力について、向上させる方法を初めて発見したと発表した。
流動性知能は、人々が新しい状況に適応したり、これまで経験したことのない問題を解決するのに用いられる能力だ。これと対をなす概念は結晶性知能で、こちらは語彙や文法、計算など、習得された技能や知識を指す。
流動性知能に関しては、これまで遺伝的に固定されたものだと考えられてきた。[流動性知能は、学習や経験、教育や文化の影響を受けない知的能力であり、結晶性知能では役に立たない、新しい状況や未知の問題に対して柔軟に対応する能力とされている。なお、ウェクスラー式知能検査では、「言語性尺度」が結晶性知能を測定し、絵画配列や組み合わせ尺度などの「動作性尺度」が流動性知能を測定しているとされている]。
しかし今回の研究結果は、1日25分間の厳しい頭脳訓練によって、健康な成人の知的能力が向上する可能性があることを示唆している。
この手法が商品化されれば、任天堂の『脳を鍛える大人のDSトレーニング』のような「脳フィットネス」ソフトウェアの、成長途上にある数百万ドル規模の市場に、さらなるはずみをつけるかもしれない。
スイスのベルン大学で博士号を取得した、ミシガン大学の生理学研究者Martin Buschkuehl氏は次のように述べている。「われわれの研究の最も重要なポイントは、流動性知能を向上させることが可能だと証明できるということだ。以前は、流動性知能は変化しないものだと考えられていた」
問題は、IQテストの解き方を学ぶことが、根本的な知性を改善することにはならないということだ。学生は、単にテストを解くのが上達するだけだ。
テクニックの点に関しては、人はテストを上手に解けるようになるが、それは、日常生活において超高速で回転する新しい頭脳を得ることにはつながらない。
「能力を移転させることは難しい。タスクAで訓練しても、通常はタスクBの能力を向上させることにはならない」とGeary氏は述べている。
Buschkuehl氏のチームはn-バック課題について、作業記憶(被験者が頭に保持できる情報量)のほか、脳の集中をコントロールする能力を向上させると主張している。流動性知能のテストでは、こうした種類の知力が要求されるが、n-バック課題の訓練によってこれらの潜在的な技能が改善されたのだ。
「これらは興味深い結果だ」とGeary氏は語る。しかし、流動性知能が実際に向上したと主張するには、被験者の能力が長期、さらには永続的に改善されたことを示す必要があると、同氏は指摘している。
Buschkuehl氏のチームは現在、n-バック課題の訓練による長期的な効果についての研究に従事している。また、被験者が受ける訓練の量を増やすことにも取り組んでいる。PNASに発表された今回の実験では、能力向上の上限については明らかになっておらず、訓練を増やすことで能力をさらに向上できる可能性もあることを示唆している。
最も単純なn-バック課題では、数秒ごとに一連の画像が提示され、たとえば2つ前に見たものなど、すでに提示された画像とまったく同じものを選ぶよう求められる(上の図の場合、青の四角形が同じ位置にあるものを選ばなければならない)。
しかし、Buschkuehl氏の実験の場合、被験者は絶え間なく続くアルファベット(C、P、T、G)の音声も聴かされており、画像を合わせるのと同時に音声も一致させなければならなかった。このため、課題が非常に難しくなっている。被験者の能力が向上するにつれ、一致させる画像と音声の種類が増えるので、課題を進めるにつれ、より難しくなるという仕組みになっている。

 

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